Categoryひとりごと

楽しみにしていた
『バチェロレッテ・ジャパン』シーズン4が
終わってしまい、現在、完全に
“バチェロレッテロス”です。

最近、友人たちによく聞かれるんです。
「バチェロレッテって何がそんなに面白いの?」

簡単に言うと、『バチェラー・ジャパン』の
男女逆転版。 何十人もの男性が、
たった一人の女性を本気で想い、
本気で向き合い、本気で選ばれにいく番組。

…なんですが
“ただの恋愛番組”ではないと言いたい。

短期間の中で、嫉妬したり、傷ついたり、
自信をなくしたり、でも誰かを好きになって、
勇気を出して、自分の弱さと向き合っていく。

その感情の動きがあまりにもリアルで、
見ているうちに、いつの間にか
「この人幸せになってほしい…!」って
親目線みたいになってる。

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(こんな感じで自分部屋で見てます。
AIに作ってもらったイメージです。)

人間って、 恋愛するとこんな顔をするんだ、
本気になるとこんな言葉が出るんだ、 って、
人生ドラマを見ている気持ちになるんです。

だから私は友人に会うたび、
「お願いだから見て!語りたいの!!」 と
熱量高めにおすすめするのですが、
返ってくるのは大体、
「人の恋愛に興味ない」

…違うの!!! そこじゃないんだよ!!!笑

これは“恋愛観察番組”じゃなくて、
人間観察番組なの。
人がどう傷つき、どう愛されたいのか、
どうやって誰かと向き合うのか。
それが全部詰まってる。

唯一、一緒に見てくれている友人とは、
しばらくこの番組の話で盛り上がれます。

そして今回のシーズン4。
過去シーズンの中でも、バチェロレッテ本人が
“本気で恋に落ちていく感じ”が
ものすごくリアルでしたね。

恋をしている時の表情って、
こんなに可愛くなるんだなぁって、
見ていて何度も胸がぎゅっとなりました。

さらに放送後のマイナビインタビューも最高。
番組では見えなかった素顔や本音が見えて、
「あぁ、この人たちって、
外見だけじゃなく中身まで魅力的なんだな」
と思わされる。

最近つくづく思うんです。
年齢を重ねるほど、
人って“内側”が顔や雰囲気に出る。

優しさも、 余裕も、 誠実さも、
ちゃんとにじみ出る。

だからこそ、彼らの魅力がより深く
見えるのかもしれません。

ということで、しばらくは
過去シーズンを見返しながら、
このロスを埋めたいと思います。

あ、そうそう。 実は今回は、
ABEMAの『時計じかけのマリッジ』も
同時進行で見ているので、
“バチェロレッテロス”は思ったより
軽症で済みそうです。笑

しかもこの番組、過去に『バチェラー・ジャパン』に
出演していたメンバーが何人か出ていて、
「あっ、この人また出てる!」 という
楽しさもあるんですよね。

内容はかなり刺激的で、恋愛経験はあるけれど
婚活初心者の女性たちが、
超ハイスペック男性たちの中から、
“30日後の結婚”を目指してパートナーを
選んでいく婚活リアリティーショー。

条件だけ見ると現実離れしているのに、
実際に見てみると、迷ったり、不安になったり、
好きになったり、感情の揺れ方がすごくリアル。

結局こういう番組って、 恋愛を見ているようで、
“人間そのもの”を見ている感じがするから
面白いのかもしれません。

▼マイナビニュースのインタビューはこちら




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50代になると、 今までずっと家族や仕事、
人間関係を優先して頑張ってきた人は
多いのではないでしょうか。

女性だけじゃなく、男性も。

「自分のことは後回し」が当たり前になって、
気づけば、我慢することに慣れてしまっている。
空気を壊さないようにしたり、
相手を優先したり、自分さえ我慢すればいいと
思ったり。

私自身も、そういう時期が長くありました。
でも最近、思うんです。

そろそろ“自己犠牲”をやめて、
もっと自分を味方にしても
いいのかもしれないって。

自分を味方にするというのは、
わがままになることではなくて、
「自分の気持ちを、自分で無視しない」
ということ。

本当は疲れているのに無理をしたり、
嫌だったのに「大丈夫」と飲み込んだり、
悲しいのに平気なふりをしたり。
そういうことを長年続けていると、
だんだん「私は本当はどうしたいんだろう?」が
分からなくなってしまう気がします。

だから最近は、特別なことではなく、
小さなことから自分を大事にするようにしています。
例えば、

・疲れている時は無理をしない
・嫌だったことを「嫌だった」と認める
・相手の機嫌より、自分の心を優先する日を作る
・“我慢できる”と“我慢すべき”を分ける
・自分の時間をちゃんと大切にする
・「私はどう感じてる?」と自分に聞いてみる

最初は、すごく罪悪感がありました。
「冷たいかな」「わがままかな」「私が悪いのかな」
そんなふうに何度も思いました。

でも少しずつ、 イライラの原因が分かったり、
無理していた自分に気づけたり、
「我慢しなくてもいいんだ」と
感じる瞬間が増えてきました。

不思議なくらい、気持ちも落ち着いてきています。
もちろん、人間関係が変わることもあります。
今まで“こちらが我慢することで
成り立っていた関係”は、
バランスが変わるからです。

「変わったね」と言われたり、
離れていく人がいることもある。

でも逆に、ちゃんと自分を大事に扱ってくれる人が
残るようにも感じています。

自己犠牲をやめるというのは、
自分勝手になることではなくて、

「自分まで壊しながら、
誰かを支えるのをやめる」

ということなのかもしれません。

50代になってから、私は少しずつ、
“自分を苦しめる頑張り方”をやめています。

そして今、以前よりずっと心が穏やかです。
小さな幸せを感じる時間も増えました。

もし、自分が幸せでないと
誰かを幸せにできないのなら、
自分を大切にすることに、
そこまで罪悪感を持たなくてもいいのかも
しれません。

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色々と自由になってきた50代。
娘が「ママは絶対ポニーテールの方が若く見える!」
って言うから、結んでみたよ。
髪型も、洋服も自由でいい。

昔は褒められても、「いやいや…」って
すぐ否定してたけど、最近は、
褒め言葉をちゃんと受け取るのも、
自分を大事にすることなのかなって思います。

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こんなかわいいピアスもつける。
__________________________


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同じ出来事を経験しても、
人によって受け取り方は驚くほど違う。

たとえば、誰かからそっけない態度を取られた時、

「嫌われたのかもしれない」と感じる人もいれば、

「きっと相手が疲れていただけだよね」と
考える人もいる。

起きた出来事は「そっけなかった」という1点だけ。
なのに、Aさんの世界はモノクロになり、
Bさんの世界はカラーのまま。

つまり私たちは、
現実をそのまま見ているんじゃなくて、
自分だけの「解釈」という
色のついたサングラスをかけて
世界を眺めている。

だからこそ、「自分の常識は、他人の常識ではない」
という考え方は、とても本質的なんだと思う。

「普通はこうでしょ!」って言いたくなること
あるけれど、でも、その「普通」の正体は、
育った環境や文化、過去の経験が作り上げた
ただの思い込みに過ぎない。

たとえば日本では、遠慮することが礼儀
とされる場面があります。

でも国によっては、
「はっきり言わないのは不誠実」と
受け取られることもある。

どっちが正しいかじゃなくて、
「背景が違えば、正義も変わる」ってこと。

「自分の常識は、誰かの非常識」
この視点を持つだけで、
人間関係のイライラは驚くほど
軽くなるかもしれません。

|「視点」ひとつで、明日の景色は変わる。

これ、単なる精神論じゃなくて、
脳の仕組みに基づいた話。

「どうせ無理」と思えば、
脳は「やらない理由」を探し始める。

でも、「もしかしたら、できるかも?」
と思えたら、脳は「突破口」を探し始める。

「信じるものが、行動を変える。
行動が、未来を変える。」

このシンプルなループが、
数年後に大きな差となって現れるのだとしたら
私は「信じる」を選びたい。

|自分次第?

もちろん、人生には
自分の力じゃどうにもならない、
残酷な現実もある。

病気、事故、突然の別れ……。
それを「無理にポジティブになれ!」なんて、
私は思わない。

ただ、嵐が過ぎ去ったあとに、
「この出来事を、どう解釈して生きていこう?」
と自分に問うてみる

「最悪の出来事だった」として終わらせるのか、
「あの痛みがあったから、今の優しさがある」と
書き換えるのか。

自分の人生をどう語るかは、自分次第。
あとで振り返ったときに
「まあ、いろいろあったけど面白かったな」って
笑えるくらいが、ちょうどいいんだろうな

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今日もいい日差し(ハート)
______________________

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「友達を自分から誘うのが苦手」って人、
意外と多い気がする。

私は昔から、“自分の都合で人を動かす”
みたいな感覚が少し苦手で、
「忙しかったら悪いかな」
「断りにくかったら嫌だな」って、
つい先回りして考えてしまう。

たぶんこれって、相手に嫌われたくないとか、
関係を壊したくないって気持ちが
どこかにあるんだと思う。

アドラー心理学では、
「相手がどう思うか」は
最終的には“相手の課題”って考えるらしい。

この考え方を初めて知った時、
正直、え?と思った。

私はずっと、 “相手に嫌な思いをさせないこと” が
大事だと思って生きてきたから。

だから、誘う前から勝手に考えてしまってた。
「疲れてるかもしれない」
「本当は行きたくないかもしれない」
「断りにくかったらどうしよう」

でも、それって結局、
“まだ起きてないこと”を 一人で想像して、
勝手に怖がってただけ。

相手には、「行きたい」と言う自由も、
「今日はやめとく」と言う自由もある。
なのに私は、その“選ぶ自由”まで先回りして、
抱え込もうとしてた気がする。

たぶん、 嫌われるのが怖かったんだろうな。

でも最近、 “どう思われるか”を気にしすぎると、
自分の気持ちを後回しにしてしまうことにも気づいた。

「会いたいな」
「少し話したいな」 そのくらい、
もっと軽く伝えてもいいのかもしれないって。

だから今日は、 ちょっとだけ勇気を出してみた。

「今日、飲みに行かない?」
そしたら思いがけず、2人とも「行こう!」って。
嬉しかった。 しかも、 “誘えたこと”と、
“夜に出かけられること”、
その両方がなんだか嬉しかった。

50代って、若い頃より自由かもしれない。
家族優先で動いてた頃とは違って、
「自分が行きたいから行く」っていう感覚を、
少しずつ取り戻してる気がする。

まだ少しドキドキするけど、
たまには自分から誘うのも悪くないね。

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庭の緑がきれいな季節。

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気持ちいい

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影まできれい
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「人生の9割は“誰といるか”で決まる」
え!?SNSから流れてきた言葉にまたハッとする。


若い頃は、 友達が多い人が人気者で、
いつも誰かに囲まれている人が
幸せそうに見えてました。

でも、年齢を重ねるにつれて、
少しずつ気づいたことがあるんです。

本当に幸せそうな人って、
実は「付き合う人」がとても少ない。

これは、アドラー心理学の考え方にも少し似ていて、
「誰とでも仲良くすること」より、
「自分が安心していられる人間関係」を
大切にする考え方。

無理をしてまで人に合わせない。
嫌われないように頑張りすぎない。
“みんな”に好かれようとしない。

その代わり、 本当に大切な人を
ちゃんと大切にしている。

「人生の9割は周りの人で決まる」って
本当なのかも....と思い始めている。

どんな言葉をかけられるか。
どんな空気の中にいるか。
誰とご飯を食べ、誰と笑い、
誰と時間を過ごすか。

それだけで、心の状態って驚くほど変わる。
いつも不満ばかり言う人の近くにいると、
自分まで疲れてくる。

逆に、 穏やかな人、前向きな人、
ちゃんと「大丈夫?」って
言ってくれる人の近くにいると、
不思議と心が落ち着く。

だから幸せな人ほど、
人付き合いを“量”では選ばない。

「誰とでも繋がる」より、
「誰と離れるか」を
大事にしている気がします。

もちろん、友達が多いことが悪いわけじゃない。
でも、無理な付き合いを続けて、
気を使って、疲れて、 帰宅してから
ぐったりしているなら、 それは“優しさ”ではなく、
自分をすり減らしているだけかもしれない。

大人になると、 友達の数より、
「この人といると自然体でいられる」
そう思える相手がいることの方が、
ずっと大切になる。

静かだけど安心できる関係。
頑張らなくても繋がっていられる関係。
そういう人が数人いるだけで、
人生はかなり穏やかになる。

私自身、昔より人付き合いは減ったけれど、
その分、心はずっとラクになりました。

無理して輪の中に入らなくてもいい。
たくさんの人に好かれなくてもいい。
自分を大切にできる人とだけ、
ちゃんと繋がっていれば、それで十分。

幸せって、 “たくさんの人に囲まれること”じゃなくて、
“安心できる人がいること”なのかもしれません。

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振り返るとこれ。お腹を優しく撫でて通りすぎます。
(でも起きません)

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ボンちゃんは安心できる人の中にいる

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