私の周りには、どういうわけか
「心配性」な人が集まります。

そして何を隠そう、私自身も筋金入りの
心配不安症。家を出て数分。

「あれ、ガス消したっけ?」
「鍵、閉めたっけ?」

一度気になりだすと、頭の中はそのことでいっぱい。
駅まで行ったのに、結局不安に負けて
家まで全力疾走で引き返す……
なんてことが、何度もありました。

「この性格、どうにかして治したい」
そう思って私が取った対策は、
キッチンに「ペットカメラ」を置くことでした。

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火元が見える位置にカメラをセットして、
外からスマホで確認できるようにしたんです。

「ほら、消えてる。大丈夫」 画面越しに
自分の目で見る安心感。それが私の、
強迫観念に対するお守りになりました。

でも、自分の心と戦って、
首をぶんぶん振って不安を打ち消そうとしても、
外からは別の「不安」がやってきます。

家族からの「そんなことして大丈夫?」
「もし〇〇になったらどうするの?」という、

追い打ちのような言葉。
心配してくれるのは嬉しいけれど、
その言葉がトドメになって、動けなくなってしまう自分。

「人のせいにしていても、何も変わらない」

そう決意して、自分自身をアップデートしよう
と決めたのが去年の6月のことでした。

そのときブログに綴った言葉を、
今あらためて読み返しています。

【心配は、命を削る行為】

相手を想う「心配」は、一見、深い愛情に見えます。
けれど、過剰な心配は、時に相手のエネルギーを
奪ってしまうこともある。

不安な時にかけられる「本当に平気なの?」という言葉は、
信じて見守ってほしい時に差し出される
「疑い」のように響き、せっかくの勇気を
削り取ってしまうのです。

だから私は、心配して足踏みするのをやめて、
「信頼して一歩踏み出す」ことを選びたいと
思うようになりました。

「そんなことして不安じゃない?」と言われた時は
「不安はないよ!」と自信を持って答える。
そうすることで、自分の中の不安を小さくしていく。

その繰り返しで「心配」というブレーキを
少しずつ緩めていったら、ガチガチだった心の中に、
ふっと風が通るような「隙間」ができたんです。

そこには、前へ進むためのエネルギーが
自然と溜まっていくような、
心地よい感覚がありました。

私のこの小さな気づきが、
同じように不安を抱える誰かの心に届き、
昨日より少しだけ、「あ、ちょっと楽になったかも」って
思ってもらえたらいいなと思います。

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梅田へいくとDEAN & DELUCAで買い物して
帰るものの、実はカフェに入ったことがなかったんです。
そして先日、念願のカフェ!

パンケーキがとてもおいしかったです。
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